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みたけさいとう商店 by yuyu SAITO

オールドデリー

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オールドデリーにあるジャマー・マスジットの塔のうえから撮影したオールドデリー

以下、1983年に書かれた横尾忠則さんの「インドへ」のなかでオールドデリーについて書かれた部分ですが、約30年前とそう変わってないように思われる、、、
いや、30年どころか100年200年前からそう変わってないのかもしれない

ー以下抜粋ー
ぼくたち4人はガイドのサニーさんに連れられてオールドデリーに立ち入ったが、その雑踏の中で、ぼくは完全に自失してしまった。歩道、車道の区別なく行きかう無数の人間。その無数の人間から放たれる無数の視線。視つめられることの恐怖。全ての物が動き回っている中で、ただじっと静止している射るような視線に、自分が標的と化していくようだった。正に一触即発の危機感が、ぼくの全身を氷のように冷たく走った。ぼくは思わず、降りたタクシーの中にもう一度駆け込みたい衝動に駆られた。密集した往来にはトラック、乗用車、タクシー、自転車、オートバイ、スクーター、牛車、馬車に混じって、野放しの痩せこけた白い牛が車道に寝そべっている。道路中央の細長い分岐帯には足の踏み場もないほどぎっしりと、不可触民が頭から毛布を被って土と同化したように踞っている。その横で生後一年も経っていないと思われる痩せた赤児が、異様に大きい目で、放心したように一点をどんよりと視つめて動かない。黒い土煙と排気ガスが容赦なく赤児を包んでしまう。車と人の騒音は建物や街路に撥ねかえって一つの音になっている。それはまるで地鳴りのようである。
(中略)
息苦しくなったぼくは、ふと空を見上げた。路地から見える蒼い空は亀裂のように細長くどこまでも続いていた。そしてそこには白く輝いた真昼の月が浮いていた。ぼくの心は一直線にこの月まで走った。ぼくにとってこのときの月は現実からの避難場所でもあった。月まで届く梯子でもあれば、ぼくは本当に駆け登ったかも知れない。この月が日本で見るのと同じ月であることが、ぼくをどんなに安心させてくれたことだろう。ここはやっぱり地球だった、、、と。


まあえらいおおげさに書いてんなぁ、という印象もなきにしもあらず
な分くらい、もしかしたら30年分近代化してるのかもしれない。わたしがみたオールドデリーは、、、でも、たしかにこうだった。

別にみなさん毎日の暮らしをしてるだけなんやけど、なぜか道を歩いているだけで手に汗にぎる。握りしめている帽子がくしゃくしゃ&汗まみれになっていることに、ジャマー・マスジットに着いたとき気がつきました。

いうなれば専門店街みたいなものかな?大阪の日本橋みたいなかんじ?
車のドア(のみ売ってる)やさんとか、車のハンドル(のみ売ってる)やさんとか、
ノートやさんとか、生地やさんとか、、、、冷静になればかなり楽しいのですが、現代っ子のわたしはド迫力ではじめそれどころではなかったです。
でも横尾さんも次行ったときは、「あれ?あの人類の巣窟はどこだ?」ってなったて書いてあったから、わたしも同じなのかもしれないなーこのままのかんじで置いとこうかな、、、。
by yuskaupstaourr | 2011-06-27 23:56 | INDIA | Comments(0)